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名古屋高等裁判所 昭和36年(ラ)145号 決定 1961年10月12日

抗告人 加藤正市 外三名

訴訟代理人 太田常雄

主文

原決定を取り消す。

抗告人等を処罰せず。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりであり、これに対し当裁判所は次のように判断する。

記録によると、原裁判所は、抗告人等はいずれも社団法人日本エービーシー協会の理事であるところ、昭和三五年一一月四日同協会の理事飯田実穂が死亡し、昭和三六年一月二五日同理事福永貞次郎外二名が退任し、同年三月一日同理事東太一外一名が退任し、昭和三六年一月二五日木村富次良外二名が同理事に就任し、同年三月一七日友田信外一名が同理事に就任したに拘らず、抗告人等はいずれも法定期間内にその登記申請をなすことを怠り、昭和三六年七月二五日にその手続をなしたものであるとして、抗告人等をそれぞれ金五〇円ないし一〇〇円の過料に処したものである。

ところで、非訟事件手続法第一二一条によれば、民法上の法人に関する登記事項に変更を生じた場合には、その変更登記の申請手続は、当該法人の理事全員においてこれをなすを要せず、そのうちの一人よりこれをなせば足ることとなつている。そして、右の場合、登記申請をなすべき理事は、全理事のうち特に法律又は定款をもつて登記事務を担当する理事が定められているときは、当該理事であり、この者において法人を代表して登記申請手続をなすべく、若しその手続を怠つたときは、民法第四六条第八四条第一号により過料の制裁を受けるのである。本件社団法人日本エービーシー協会の定款第一四条第一項を見ると、同協会の役員である理事に関する規定として、「会長たる理事はこの法人を代表し、会務を統轄する」旨定められている。すなわち、右法人には多数の理事あるも、そのうち法人を代表して会務を処理する権限あるものは会長たる理事に限られ、その他の理事は右権限を有しないのである。したがつて、本件の登記申請手続の如きも、会務の一種として会長たる理事の職務に専属し、他の理事の職務内容となつていないと解すべきである。しかして、記録中の資料によれば、本件変更登記をなすべき期間中における会長たる理事は、渋沢敬三(昭和三五年六月二〇日就任し現在も在任中)であり、抗告人等は単に理事会の構成員として、所定事項の審議決定に参与していたに過ぎぬことが明かである。

してみれば、原裁判所が、抗告人等において法定期間内に変更登記申請手続を怠つたものとして、民法第四六条、第八四条第一号にもとずき同人等に冒頭掲記の過料の制裁を科したことは不当であり、右処置は違法といわねばならない。

よつて、原決定を取り消し、抗告人等を処罰せざることとし、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

抗告理由

一、決定理由によれば、抗告人は社団法人日本エービーシー協会の理事であるが、判示理事の変更事実をそれぞれ法定の期間内にその旨の登記手続をしなければならないのに、これを怠り、法定期間を経過した数ケ月後に至つてこれをなしたというのである。

二、しかしながら、抗告人は右法人を代表して登記手続をなす権限(義務)はない。即ち右法人の定款第十四条第一項によれば「会長はこの法人を代表し、会務を統轄する」とあり、右登記義務期間中の右法人の会長は渋沢敬三氏であつて、抗告人は定款上代表権のない単なる理事にすぎない。抗告人の定款上の権限は理事会の構成員となり(定款第二四条)所定事項を審議決定すること(同第二十五条)ができるにすぎないものである。

三、従つて、本件登記手続をなす権限のある理事は右法人を代表する理事即ち会長渋沢敬三氏一人であり(本件第一事実の亡飯田理事が専務理事であつたが現在欠員)、抗告人には代行権限すらも与えられていない。若し抗告人が右法人を代表して登記手続をなせば定款違反となり、抗告人は何等かの制裁をうける運命にあるものである。

四、なお、民法第五四条には、理事の代理権に加えた制限は善意の第三者に対抗できない旨規定されているが、この規定は、抗告人の有する定款上の権限を拡張するものではなく、善意の第三者保護の規定にすぎないから、これをもつて抗告人に登記権限(義務)ありとなすことはできない。

五、よつて、裁判所が右無権限の抗告人に対し前記登記手続懈怠を理由に本件過料に処したのは明らかに不当であるから抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本件抗告をなす次第である。

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